結論:腹式呼吸の正しいやり方は「目的別に3つ」あります
まず全体の流れを押さえます
- 目的を1つに決める:メンタル(緊張・不安・寝つき)/呼吸器リハビリ(息切れ)/発声(歌・話し方)のどれか
- 安全条件をチェックする:呼吸器疾患の指摘、過換気・パニックの既往、腹部術後・妊娠後期に当てはまらないか
- 選んだ1つだけを4週間続ける:仰向け→座位→立位と姿勢を上げ、判定チェックで「できているか」を確認する
この記事で分かること
- 公的3機関+研究知見の指示を9項目で比較した表
- 目的と安全条件から進む「あなたに合うプロトコル」分岐チャート
- 「できているか」を測る判定チェック5項目と、4週間の進行表
- 中止すべきサイン(しびれ・めまい・動悸)と、その理由
この記事は一般的な健康情報の整理であり、診断や治療方針を示すものではありません。呼吸器疾患・循環器疾患の治療中の方、息切れが続く方、パニック症などで治療中の方は、自己判断で始める前に主治医へご相談ください。
そもそも腹式呼吸とは何か?胸式呼吸と何が違う?

横隔膜が下がるからお腹がふくらみます
効果は「呼吸の速度」で説明されつつあります
中国・西南大学のグループがScientific Reports(2025年3月11日)で報告した研究でも、呼吸速度を落とすだけで不安に関連する脳反応が低下する方向の知見が示されています。「お腹をふくらませること」自体より、「ゆっくりにすること」が本体である可能性を示す流れです。ただし研究はいずれも限られた集団・期間のもので、効果の大きさには個人差があるとされています。
「腹式呼吸ができない人」もいます
ERCAの【実践編】腹式呼吸では、「無理にお腹を膨らませ過ぎると、かえって息切れが強くなることがあります」とも記載されています。ふくらまない・苦しくなる場合に、根性で続けるのは推奨されていません。
公的3機関で「正しいやり方」はどう違う?
比較表:同じ「腹式呼吸」でも指示は一致していません
| 項目 | ①厚生労働省「こころもメンテしよう」 | ②日本医師会「健康の森」 | ③環境再生保全機構(ERCA) | ④スロー呼吸の研究知見 |
|---|---|---|---|---|
| 想定目的 | メンタル(ストレス対処) | メンタル(リラックス) | 呼吸器リハビリ(COPD等) | 血圧・自律神経 |
| 姿勢 | 座位または立位 | 背筋を伸ばす | 仰向け・膝を曲げる→座位→立位 | 指定なし |
| 開始する動作 | 吐くから | 吸うから | 吸うから | — |
| 吸気の秒数 | 3秒 | 指定なし | 「深く吸わない」=普通の呼吸 | — |
| 呼気の秒数 | 3秒 | 吸気の約2倍 | 口すぼめでゆっくり | — |
| 吸呼比 | 1:1 | 1:2 | 1:2以上 | — |
| 1回の時間・回数 | 5〜10分 | 1日5回→慣れたら10〜20回 | 段階的(重り負荷10→30回) | 1日5分×1カ月で気分改善 |
| 明記された注意 | — | 体調に合わせる | 「深呼吸ではありません」「膨らませ過ぎると息切れが強くなる」 | — |
| 推奨ペースの含意 | 約20回/分 | — | — | 約6回/分で心拍変動が最大 |
※①厚生労働省「こころもメンテしよう」こころと体のセルフケア/腹式呼吸をくりかえす、②日本医師会「健康の森」腹式呼吸のやり方、③ERCA【実践編】腹式呼吸・【知識編】効率の良い呼吸方法、④生理心理学と精神生理学40巻1号(2022年)およびCell Reports Medicine(2023年)に基づき整理。
なぜ違うのか=想定している目的と読者が違うからです
始める前の準備:必要なものと安全条件の確認
用意するもの(合計0円で始められます)
- スマホのストップウォッチ:吸気・呼気の秒数と、1分間の呼吸数を実測するため
- クッションまたは丸めたバスタオル:仰向けで膝を軽く曲げ、腹筋の力を抜くため
- ベルト・締めつける衣類を外す:腹部の動きを妨げないため
- (4週目以降のみ)500gの重り:袋入りの塩や本など。ERCAの横隔膜トレーニング用
安全条件チェック:1つでも当てはまれば進み方が変わります
- 医師からCOPD・肺気腫・肺の過膨張を指摘されている、または仰向けでお腹をふくらませようとすると息切れが強くなる
- 過換気発作・パニック症の既往がある、または呼吸に注意を向けると不安が強まる自覚がある
- 腹部の手術後、または妊娠後期
- 胸痛・安静時の強い息切れ・失神歴がある
呼吸法は医療行為の代替ではありません。日本呼吸器学会・日本呼吸ケア・リハビリテーション学会の「呼吸リハビリテーションに関するステートメント」(2018年、同年11月26日修正版)では、呼吸リハビリテーションは評価に基づき、コンディショニングを併用した運動療法を中心に実施するものと定義されています。腹式呼吸は単独で完結するものではなく、プログラムの一部という位置づけです。
実施のタイミングを決めておきます
手順を順番に詳しく解説:仰向けから始める基本の腹式呼吸
ステップ1:姿勢を作る(所要1分)
- 仰向けに寝て、膝を軽く曲げます(膝下にクッションを入れると楽です)
- ベルトやきつい衣類をゆるめます
- 片手を胸の中央に、もう片方の手をおへその上に置きます
- 肩の力を抜き、あごを軽く引きます
ステップ2:吐くところから始める(厚労省型)
- 口から3秒かけて、細く長く吐きます(おへその手が沈むのを確認)
- 鼻から3秒かけて吸います(おへその手が持ち上がるのを確認)
- 胸の手はできるだけ動かさないようにします
- これを5〜10分続けます
ステップ3:呼気を伸ばす(日本医師会型/研究知見型)
| 型 | 吸気 | 呼気 | 1分あたり | 向いている目的 |
|---|---|---|---|---|
| 厚労省型 | 3秒 | 3秒 | 約20回 | 気持ちを切り替えたい・型が欲しい |
| 日本医師会型 | 3〜4秒 | 6〜8秒 | 約6〜7回 | リラックス・就寝前 |
| 共鳴呼吸型 | 4秒 | 6秒 | 約6回 | 自律神経指標・血圧が気になる |
| ERCA型 | 深く吸わない | 口すぼめでゆっくり | 個別 | 息切れ・呼吸器リハビリ |
ステップ4:姿勢を上げていく(仰向け→座位→立位)
つまずきやすいポイントと対処法
お腹がふくらまないときは、吐き切ることから見直します
肩がすくむ・首が疲れるときは強度が高すぎます
途中で苦しくなる・息が詰まるときは中断します
眠くなる・集中できないのは問題ないことが多いです
「雑念が湧く」ことを失敗と捉える必要はありません。呼吸に注意が戻せていれば十分です。ただし、呼吸に注意を向けること自体が不安を強める方もいます(次章で詳述します)。その場合は無理に続けず、散歩など体を動かす方法に切り替えるほうが合うことがあります。
あなたに合う腹式呼吸プロトコルはどれ?(分岐チャート)
Q1:あなたの目的はどれですか
- A:緊張・不安を鎮めたい/寝つきをよくしたい
- B:息切れがある/呼吸器疾患のリハビリとして
- C:発声・歌のため
Q2:安全条件(全ルート共通の割り込み)
- COPD・肺気腫・肺の過膨張を指摘されている、または仰向けでお腹をふくらませようとすると息切れが強くなる → 腹式呼吸に固執せず、口すぼめ呼吸を主体にして主治医に相談(ERCA「腹式呼吸ができない方もいます」「膨らませ過ぎるとかえって息切れ」に基づく)
- 過換気発作・パニック症の既往がある → 秒数を数える長時間法は避け、1セット1分・1日数回から。手足のしびれ/めまい/動悸が出たら即中止して普通の呼吸に戻す
- 腹部術後・妊娠後期 → 腹圧をかける方法(重り負荷)は不可。主治医に確認する
出口カード:この5つのどれか1つを選びます
- 姿勢:座位または立位/吸気3秒・呼気3秒/1回5〜10分/1日1〜2回
- 出典:厚生労働省「こころもメンテしよう」
- 姿勢:仰向けまたは座位/吸気4秒・呼気6秒(約6回/分)/1回5分/1日1〜2回
- 出典:生理心理学と精神生理学40巻1号(2022年)の共鳴周波数、Cell Reports Medicine(2023年)の1日5分×1カ月
- 姿勢:座位/秒数は数えず「吐くほうを少し長く」だけ意識/1セット1分/1日数回
- 中止基準:しびれ・めまい・動悸が出たら即中止。不安が増すなら呼吸法自体を中止し、医療機関に相談
- 姿勢:仰向け・膝を曲げる→慣れたら座位→立位/深く吸わない(普通の呼吸で横隔膜を使う)/呼気は口すぼめでゆっくり
- 補強:横隔膜トレーニング(後述の4週間進行表)/主治医・理学療法士の指導下が前提
- 出典:ERCA【実践編】腹式呼吸、【実践編】横隔膜を鍛えよう
- 姿勢:立位/吸気は素早く/呼気は一定圧を保って長く(腹圧で支える)
- 注意:これは医療目的の腹式呼吸とは別物です。呼気の「支え」を作る訓練であり、リラックス目的の脱力型とは要求される腹圧が逆方向になります。混同すると、どちらの目的も達成しにくくなります
効率化・応用のコツ:できているかを測り、4週間で進めます
判定チェック5項目(各◯×で記録します)
- 仰向けで、胸に置いた手がほぼ動かず、お腹の手だけが持ち上がる
- 吐く時間が吸う時間の約2倍になっている(スマホのストップウォッチで実測)
- 肩がすくんでいない
- 実施後に1分間の呼吸数を数え、実施前より減っている(成人の安静時目安は12〜20回/分。実施中は6〜12回/分まで落ちれば十分)
- しびれ・めまい・動悸が出ていない(1つでも出たら中止=安全弁)
4週間進行表
| 週 | 姿勢 | 負荷 | 1回の時間 | 1日の回数 | 次に進んでよい条件 |
|---|---|---|---|---|---|
| 週1 | 仰向け(膝を曲げる) | なし | 5分 | 1〜2回 | 判定(1)(2)(4)が◯ |
| 週2 | 座位 | なし | 5分 | 2回 | 判定(1)(2)(4)が◯ |
| 週3 | 立位 | なし | 5分 | 2回 | 判定(1)(2)(4)が◯ |
| 週4 | 仰向け | 重り500g | — | 10回 | 判定(1)(2)(4)が3週連続◯ |
| 週5以降 | 仰向け | 週500gずつ増量 | — | 20回→30回 | 1カ月で2kg、2カ月で3kgを上限目安 |
応用:日常のどこに差し込むか
- 就寝前:仰向け+吸4秒/吐6秒を5分(出口②)
- 会議や面接の直前:座位で吐く3秒/吸う3秒を1〜2分(出口①の短縮版)
- 入浴後:体が温まり筋緊張が落ちているため、動きの分離を練習しやすい
注意点・リスク:やりすぎは逆効果になり得ます
過換気(吸いすぎ)に注意します
実施中または直後に、手足・口周りのしびれ/めまい・ふらつき/動悸・胸の圧迫感/強い不安のいずれかが出た場合は、すぐに中止して普通の呼吸に戻してください。症状が続く、繰り返す、あるいは胸痛や失神を伴う場合は医療機関を受診してください。
呼吸器疾患がある場合は「できないこと」がある前提で進めます
パニック症・不安症の方は注意の向け先を考えます
腹式呼吸だけで完結させないことも大切です
具体例・ケーススタディ:3人の進め方
ケース1:会議前の緊張を抑えたい30代会社員
- 週1〜2:就寝前に仰向けで、吐く3秒/吸う3秒を5分。判定(1)の「胸の手が動かない」を最優先で確認
- 週3:会議直前に座位で1〜2分の短縮版を追加。立位でも動きの分離ができるか確認
- 週4以降:就寝前は吸4秒/吐6秒(約6回/分)へ移行。1分間の呼吸数を実施前後で記録
ケース2:階段で息切れするようになった60代(呼吸器疾患の診断あり)
- 前提:主治医に「腹式呼吸を練習してよいか」「口すぼめ呼吸との使い分け」を確認する
- 姿勢:仰向け・膝を曲げた姿勢から。深く吸わず、普通の呼吸で横隔膜を使う
- 呼気:口すぼめでゆっくり吐く
- 中止基準:お腹をふくらませようとして息切れが強くなるなら中断し、口すぼめ呼吸主体に切り替えて主治医へ報告
- 負荷:重りを使う横隔膜トレーニングは、指導者の確認を得てから。500g→週500gずつが目安
ケース3:発表で声が震える20代(発声目的)
- 姿勢:立位。吸気は素早く、呼気は一定の圧を保って長く出す
- 練習例:「スーッ」と一定の強さで15〜20秒吐き続け、途中で強さが落ちないかを確認
- 注意:リラックス目的の脱力型と同時進行にしない。腹圧の使い方が逆方向になり、どちらも身につきにくくなります
3ケースに共通するのは、4週間は同じ条件で続け、記録を取るという点だけです。プロトコルの中身は目的ごとに別物で構いません。「万人に共通の正しいやり方」を探し続けるより、自分の条件に合う1つを固定するほうが、結果的に早く身につきます。
まとめ:1つを選び、4週間だけ固定してください
本記事は一般的な健康情報の整理であり、診断・治療の代替ではありません。呼吸器疾患や循環器疾患で治療中の方、息切れ・胸痛・失神歴のある方、精神科・心療内科で治療中の方は、実施前に必ず主治医へご相談ください。実施中に体調の変化があれば中止し、症状が続く場合は医療機関を受診してください。
よくある質問
正しい腹式呼吸のやり方を一言で言うとどうなりますか?
腹式呼吸の正しいやり方は、1日何回・何分やればよいですか?
お腹がふくらまないのですが、やり方が間違っていますか?
腹式呼吸で血圧は下がりますか?
やりすぎると体に悪いことはありますか?
- 厚生労働省「こころもメンテしよう」こころと体のセルフケア/腹式呼吸をくりかえす
- 日本医師会「健康の森」腹式呼吸のやり方
- 独立行政法人環境再生保全機構(ERCA)【知識編】効率の良い呼吸方法/【実践編】腹式呼吸/【実践編】横隔膜を鍛えよう
- 日本呼吸器学会・日本呼吸ケア・リハビリテーション学会「呼吸リハビリテーションに関するステートメント」(2018年11月26日修正版)
- Cell Reports Medicine(2023年1月17日)/Stanford Medicine 解説記事
- Clinical Cardiology, Cheng et al.(2026年, doi:10.1002/clc.70279)
- 生理心理学と精神生理学 40巻1号(2022年)




